読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

創作

長くておもしろくないことです。

 

創作についての過程。

 

 

 

物心付いてしばらくした時、私はかっこいいアニメやマンガを見て、かっこいいキャラクターが好きになった。

そのかっこいいキャラクターが少しでも酷い目にあったりすると、小さい頃の私はぞっとした。

プリキュア5が4人も闇堕ちした。ヒョエー!

今だったらその一文で済まされることだけど、昔の私にとってはこのあとどうなってしまうの?という不安でいっぱいだった。

悪の組織の手によって、残ったプリキュアはどうにかなってしまうの?(昔の自分にとって殺されるという概念は感じ取っていたが、見ないふりをしていた)と心配した。

結局その回でプリキュアは卒業した。イエー!

あのあとプリキュア5人がどうなったかは知らない。でも全員、映画版のオールスターズの予告では元気そうにしてたから多分大丈夫だと思う。レモネードちゃん...。

 

で、その惨状を見た私は、私の見た「かっこいいキャラクターが屈する」情景を食い止めたくて仕方がなかった。

 

ランドセルを背負って学校に行く中で、悪役になってしまったプリキュアのことを考えて、それで、この状況は嫌だから、と考え始めた。

 

なので私は、頭の中で最強のキャラクターを作って悪の組織を滅ぼすことにした。

 

最強の魔法使いはとても強い。なんでもねじ伏せるけど、暗躍者だから、功績が認められない。暗躍者。それでも素晴らしいヒーローなのだ。えらいこなのだ。

そして最強の魔法使いを作って敵を全員消し去った。

学校についた時にはプリキュアが元気そうにしている。ああよかった、めでたし。

そうすることで私の心に安寧が訪れた。

後悔も何も無かった。今までプリキュアが積み上げてきた功績もスルーして、最強の魔法使いのお陰でプリキュアがご存命されたという事実だけで私は生きた心地になれた。毎日それを繰り返した。

 

ただプリキュアのことが頭から薄れた頃には、残ったその魔法使いの周りに既に「取り巻き」ができていた。

俗に言う脇役たちである。女の子ばっかりで、まさにプリキュアに感化された設定だった。

かわいい女の子。クールな女の子。人ならざる妖精。怖い悪者。

典型的だった。

 

私はその魔法使いと、その取り巻きたちの漫画を描いた。まだ自由帳に残っている。

それは世界の命運を賭ける戦いにまで発展した。一度世界が滅びた気もする。それでも最強の魔法使いは奮闘した。世界が滅亡したって悪者に勝って、世界を復活させてハッピーエンドに導いた。

描いて行く中でこの魔法使いは凄いなと思った。

誰にでも勝てるヒーローだと思った。私の脳内で生きる、素敵な、でも気取らない、誰にとっても救いになるヒーローだと思った。

 

ある日友達と家で遊んだ。

「この女の子、誰だと思う?」

まだその頃は「山」と言われるぐらいに積み重なっていない自由帳の1ページを友達に見せて、自慢げに語った。

「魔法使い!」

友達はそう答えたが、私にとってはそうじゃなかった。そうだ、違う。あの頃の私にとっては、ただの魔法使いではなかった。

「違うよ」

「ええ?じゃあなんだろう」

戸惑う友達を前にして私は言った。

「この子アリーナって言うの。ヒーローの魔法使いだよ!」

「なにそれ。わかんないよ」

 

友達は冷めた。ずっと続くと思っていた友達の関係は小学校の3学期間、つまり1年度で解消された。今思えば当たり前だったし、アリーナなんて私と親以外誰も知らない、ただの「魔法使い」だったのだ。

 

誰かにもっと最強の魔法使いを認めて欲しかった。私の作ったヒーローはこんなに強いのだとわかって欲しかった。なのでその時の担任に「私の作った漫画を帰りの会で読み聞かせてください」と頼んだ。ありえねー。今の私がその時の私の担任だったら殴り殺して、裁判にかけられて、死刑になっても構わないぐらいにありえねえことだった。

 

漫画の読み聞かせがたった2回で終わったことにまで私は激昂した。

ああ私のヒーローかわいそう。私かわいそう。あーあ、と思った。そんな生活だった。ただの自己満足が露呈しただけでできた、自己制作の嫌なことたっぷりの。

 

時代が移る。

 

小5の時、自由帳を買い忘れていて、自由帳を切らしてしまった時期があった。教室の端っこにあった、自由に使用することができる厚紙を拝借して、私はキャラクターを描き続けることにした。その頃私の自由帳の消費ペースはとても早く、3日で1冊を使い切っていた。最盛期のころだけど。

自由帳は厚紙を取り始めてから2週間ぐらいで買えたけど、その期間の間にたっぷりあったはずの厚紙はほぼなくなった。

小6になっても私は新しいキャラクターを作り続けて、とにかく絵を描いた。そして担任に絵を描いていることを笑われた。〇〇ちゃんは外に行って遊ばないの?と聞かれた。絵を描く方が楽しいですと答えた。ある日、強制的に外に連れ出された。縄跳びをさせられた。二重跳びができるようになれという課題を課された。できないので叱られた。苦痛だった。苦痛で仕方がなかった。絵を描けないのがつらかった。いや、創作ができないのがつらかった。そういえば、小学校を卒業する前日にも、あの担任の熱血漢の理論でこっぴどく叱られて、ああ、死にたいと思った。

 

その頃、家で私はネット上の小説を読むことにも浸っていた。プロから見ればアマチュアが書いたものも、私にとってはプロだったし、憧れの的となった。こんなに美しく戦闘シーンが書けるなんて!こんなにかっこいい言葉を書けるなんて!私は読み入った。そして文章を書きたいと思った。

 

中学校に入っても教室で絵を描き続けたかった。

それは確かに個性だと認められると思った。だって静かに自分の好きな絵を描いている。誰にも迷惑をかけず幸せに生きている。それはとてもいい事だと思った。

始業式の日、待ち時間、周りが静かに待機する中、1人で絵をいつも通り描いていた。

でもどうやら、それがいけなかったらしい!

静かに絵を描くことで私は弱者としてみなされた。

あいつ絵ばっかり描いてるから。それだけで。

それから散々だった。男子にこいつのこと嫌いなんだよね、と私の目の前で私を指して言われた。少しでも目立つ行為をすればしゃしゃり出るなと罵られた。あいつだけは大嫌いだ。最悪な表現をするなら、許されるのなら成人式の日にぶちのめしてやりたい。

あと、嘘の告白で呼び出された。ある男子から、大事なことがあるから昼休みにここに来てと場所を指定されて、来ても誰も来なかった。

夏休み、美術部の活動に向かおうとすると、遠くから運動部の女子が「〇〇さん、■■君が4時に△△室で待ってるって」と声をかけてきた。隣の友達のスルーしろという言葉に賛同した。

あと、中学1年の時の担任はいじめを見て見ぬふりする人間だった。「霧森という男」という私の創作文の中で詳しい事実は書いている。なのでここでは控える。

(なお中2の時の担任はいじめを根絶しようとする精神が素晴らしく何度も救われた!そして中3の担任は1度もクラスに対して怒鳴ることなく、されどクラスをまとめあげた偉人だ!やべえ!そんなあなたの嫁さんが羨ましい!中1の担任は滅びろ!)

 

なんというか、とても悔しかった。

キャラクターを描いているだけで虐げられるのが辛かった。

じゃあお前らの好きな漫画家はなんだ。小説家はなんだ。と聞きたかった。

 

 

このとおり、メインカルチャー界隈では、教室で絵を描いてばかりいるといじめられるという事実が、その1年でわかった。

 

なので、私は家で創作を続けるため、絵に加えて文章を書きはじめることにした。

そこで書きはじめた長編処女作が「ぼくらときみのさいしゅうせんそう」。あれの構想自体は小4〜小5から芽生えていた。書くのが楽しくて仕方がなかった。絵もいいけど文も楽しいと思った。

そして、2年生になってからは自由帳をできる限り封印することにした。だっていじめられますから。ねえ。

藁人形にどんな拷問しても足りないぐらいに憎い奴のおかげで文章が好きになれたよ。ありがとう。

 

中2の時に書いた作文が県展に入選した時は嬉しかった。今まで絵で取ってきた賞が文を書くことでも手に入る。私の文章力はすごい。すごいんだと思った。

まあ全然すごくないが。この井の中の蛙はもう高級車に轢かれて死んだので大丈夫です。

 

そして3年生になった。

前述した聖人君子のような担任と出会った。(素晴らしい。本当に出会えてよかった。あなたのおかげで理科が好きになったし受験に挑むためのモチベーションが生まれていった。絶対に高校の制服見せに行きますね!離任式の日もお変わりなさそうでよかったです!)

それで。

私は3年生になって、まず今後の抱負を作文にすることになった。お安い御用だったのでさっさと書き上げた。

その時間が終わったあと、担任に声をかけられた。

「〇〇さんの文は夏目漱石の書く文みたいだね」

夏目漱石=坊ちゃんなのでうまく納得がいかなかったが、馬鹿な私にはかなりの名誉であった。国語の先生にも褒められなかった文が褒められたので、やったー!となった。

 

それからしばらくして、受験がすぐそこに迫った日。

私の書いた小説が、なんとまあサイトで金賞を受賞した!

馬鹿な!こんなのが!蛙を轢いた高級車の運転手がそう思っただろうけどしゃーなし。やっと認めてもらったんや。

冬休みの日記にそのことを書き、学校で報告した。

担任が驚いた。すげえじゃん!と言った。も〜〜〜嬉しい。嬉しい。夏目漱石の時より嬉しかった。

今まで私の絵を馬鹿にしてきたやつらは一斉に金賞?すげえ!と言った。見返してやった気分だった。

 

なんでこんなにうれしいかというと。

 

受賞したぼくらときみのさいしゅうせんそう。

これは、過去の夢が叶ったということなのだ。

昔作った最強の魔法使い。全てを退ける魔法使い。

誰にでも勝てる。最強の。

 

さいせんの主人公であるトヤマミコトは、確かにアリーナをリメイクした存在だった。

何をされても死なない。仲間を救う。悪役を打ち倒すために動く。暗躍者。ダークヒーロー。

それがやっと認められたと思った。

 

もちろんトヤマミコトだけが見られて受賞したというわけではない。取り巻き、脇役の力もある。全部合わさって、あの小説は金賞を取れた。

今までやってきたこと、自由帳に描き続けたキャラクターや設定たちも、サイトや紙にまとめ続けた文もここで報われた。

 

ひとつだけ、目指したものが手に入った感じだ。

 

 

今、Twitterで創作キャラについて呟けば、時折誰かに興味を持ってもらえる。本当にありがたいことに、描いてもらえたりもする......!それが嬉しくて嬉しくてたまらない。全部のキャラが大好きだから。昔は見向きもされなかったから。虐げられてきたから。

ほんとうにありがたい。いくら土下座したって足りません。させて...。

 

 

 

長いこと書いてた。起承転結が掴めない。

でも全部本当のこと。でもノンフィクションを書くのは慣れてないので、うまくまとめるにもまとめられない。

 

 

とりあえず創作ってたのしい!

公立合格発表

志望校の合否発表。

 

発表の場所は体育館。番号の書かれた看板のようなものは見当たらなかったが、体育館の奥にある豪勢な幕が閉じられていた。多分あそこが開くのだと察した。

 

発表時刻の9:30まであと5分に迫って、隣にいる母と会話していた。

「落ちても何も言わんでね」

「◯◯(私立)で頑張るから」

受験番号を何度も確認したが、私が面接で言った番号と何一つ違いはなかった。

 

同じ学校のライバルは恐らくみんな受かると思った。明らかに得点が良かったから仕方ない。

時計の長針が6を指した。

 

「受験者は前に出てご覧下さい」

 

いよいよ来た。

1人だけ落ちたら惨めでしかないので、結果を見てすぐ帰れるように少し遠くから番号を見ることにした。

 

幕が開いた。

番号の書かれた看板が見えた。

 

 

 

 

 

 

 

私の番号があった。

 

 

 

 

 

 

泣いた泣いた。大号泣でござった。落ちたと勘違いされるぐらいに泣いてたからそのかわりによかった、よかったととにかく絶叫していた。母と一緒にわんわん泣いた。頑張ったね頑張ったねと頭を撫でてもらいながら泣いた。

合格者のための書類を取りに行った。受験票を先生に見せると「△△番、はい、◯◯さんですね。」と返された。書類に明記されていたのは私の名前だし私の番号だった。頬をつねっても痛かった。

ああ夢じゃなかった。それを感じてまた泣き出すと、目の前の先生が「頑張ったね、よかったね〜」と笑ってくれた。ハンカチで目元が痛くなるぐらいに涙を拭った。

 

あーもう、嬉しい。嬉しいぞ。私はやりきった。もう叶えることは叶えた。はやく担任に報告に行きたい。あー嬉しい。

ともかくこれでやっと楽になれる。

 

応援してくれた方々本当にありがとうございました...。今まで不安とかを吐き出したりして迷惑を沢山お掛けしましたが、無事志望校に合格しました。目指していた高校で将来のために頑張ります。

受験終了

受験が終わった!!!!!!

やっと!!!!!!!やっと終わった!!!!!!!!!!

終わりました。ヤッタァ。

結果はまだ出てないですけど、しばらくはもうとにかく遊びます。

やりたいこと多くて何からやればいいのか。わくわく。

 

応援してくださった方々、改めてお礼を言わせていただきます。

本当にありがとうございました。受験に立ち向かう活力はみなさんの応援がなければ恐らく出ませんでした......。

HaLuKaさんからも応援をいただいたと聞きました。本当にありがとうございます。

Twitterで貰った有難いお言葉を思い出しながら検査を受けてました。あんないいとこは他にないなあ、とかはよ終われはよTwitterに帰らせろとばかりに。やっと帰れましたね。よかった。ほっとした。

 

眠くなってきました。これからは呑気に寝られる。うーし。

幸せいっぱいである。

もひとつ愚痴

前に嫌いな男の話をしたけど、今日は嫌いな女の人の話をしたい。

女の人の方が嫌いになる確率は高い。

 

不良に釣られてわたしと友達を笑いものにした女の子。

清楚に見えたから清楚さん。

小学校が違ったから中学生になってから初めて会ったんだけど、友達の友達という立場からでも清楚でいい子だなと思ってた。

でもゆっくりと会う機会が減った。

その時期から私達ではなくて不良グループと一緒にいたらしくて、会う度にそれに感化されてるみたいだった。

 

わたしはある日友達2人と劇に出ることになった。1年生だったから頑張って役割をこなそうと必死で、羞恥心もなく自分の与えられた役を演じてたんだけど。

劇が終わったあとに友達が言ってた。

「清楚が私たち見て、『ある意味最高の3人だよね』って誰かに言ってたらしい」

と。

ああその程度だったのかこのひと、と思った。

しばらくしてレストランで偶然会ってふつうに挨拶された時も、この人何がしたいのかなと思った。

人を話の出汁にして新しい友達を作っても、自分の本当に欲しいものは手に入らないとは思うんだけど。

 

どの部活動かというだけで差別してきた女。

差別さんとよぶ。

これは単純だった。自分の友達が美術部の人間と喋ってるのが気に食わないひと。

私たちが差別さんの友達と話してても、ふっと差別さんがやって来てその友達を連れていってしまう。それだけならまだ嫌われてるのかなー、だけで終わったんだけど。

美術部内の友達が差別さんと仲良く話してる時があった。その時差別さんが言ってた。

 

「美術部の人って大体嫌いなんだけど、あんただけとは仲良く出来るわ」

あーこれは殺したくなるぐらい憎い人だとおもった。

前の記事で言った男と同類だ。人を咎して人を誑し込むのってそんなに楽しいか。

もともと美術部の部活動内での差別も激しかったけど、ここまでやるのはなあ。

 

 

この子は嫌いすぎてどこを挙げればいいのかわからない。

怪我さんと呼ぶ。

これは私も確かに悪かった、ということもある。秘密をうっかりばらしてしまった時もある。

サッカーの試合をしていた時に怪我さんの足を踏んでしまって、ごめんねと謝ったけど許してもらえなかったことがあった。怪我さんは周りから好かれてたから、泣いて周りの人間を従えて、何度もわたしを謝らせて、それからもずっと詰られていた。

小学生の時、トイレ清掃を任されたけど、私は汚いものが苦手だから壁の汚れを拭き取ったり、床をほうきで掃いたり、モップ係をしたり、手洗い場をたわしで擦ったり、用具を取りに行ったりという作業に徹していた。

することを限っていたから、周りに迷惑をかけないように働いた。

でも怪我さんはなにをしても認めなかった。

だから自分だけ早めに掃除場所に来て、周りの人の手間がかからないように掃除が進むように床を掃いたり壁を拭いたりしたけど、怪我さんは「なんでそんなに仕事遅いの」「そんなとこやったって意味ないから」と言った。覚えてる限りの言葉。

掃除場所に行く度に怪我さんに睨まれるのが嫌だった。

怪我さんの機嫌がいい日だけ何も言われずにすんだ。

だけどそんな日は1日だけだった。

手洗い場で他愛もない話をしただけだった。

それ以外すべて私の価値の否定だった。

まるで自分がサンドバッグのようだなと思った。

 

小学校を卒業してやっと楽になったと思ったら、中学生になっても同じクラスだった時は泣くかと思った。

そしたら手のひらをころりと変えて、自分のSNSのアカウントをフォローしろと頼んできたり、ねえあの俳優知ってる、知らないのかよ、つまんないなあ、と絡んできた。どうやら友達のようだった。

あまりに嫌いだったから得意の作文で少し愚痴を書いた時があった。

書くだけ書いて読み直したら、吐き気がするぐらいの怪我さんの暴言が並んでいたので捨てた。

 

そこまで復讐が楽しかっただろうか。それならよかった。

おかげでわたしも復讐することが好きになりました。

 

成人式はなにかをする最後のチャンスだと聞いたことがある。

なんのチャンスだったっけ。

愚痴

随分前から嫌いな人がのうのうと今も生きてる。

昔から私をなじってきて、私の目の前で私のことを嫌いって言って、地味人間の私がなんとかして喋ろうとすればしゃしゃり出んなと言って遮って、私を好きって言ってくれた人にまで手を出して、担任にいじめの報告出してもしらばっくれて、そのくせあれが今日も笑顔で生きてるって事実だけでもう嫌だ。

どうしてみんなあれを好きになるんだろう。私と同じ目に遭ってないからかな。何人かあれに釣られて私たちをなじってた連中がいるんだよなあ。全員許せない。きっとあれが行く高校にも私と同じような人がいるんだろうな。その人まで同じ目に遭うんだろうか。

八方美人もなんだかなあと思うけど、隠れて見えない一方だけを執拗に攻撃して他の方向にはいい顔ばっかり見せるのはもっとクズだと思うよ。

価値

※相当おぞましいことを言ってますが、全部自分自身に向けて言っていることなので、真に受けないでください。

読まない方が幸せです。

 

 
「誰かの代わりに」

国語の時間に習った論説文。

その授業中に高橋和巳の名前が出てきて、頭の中に「わが解体」がよぎった。嬉しかったのはそこだけ。

で、これ書き下ろしですって。読んで危うく泣きそうになるものだった。「おまえのかわりはいくらでもいる」という事実がはっきりと目の前に突き付けられた気がして。

それだけなら良かったんだけど、「そんなにきもちわるいおまえのかわりはいないし、おまえにはこのよにいてほしくない」ということが思い浮かんだ。

 

たしかに。

私、取り柄がない。

 

きれいな教室内の一部になれない。存在自体が気持ち悪い粗大ゴミである。そして粗大ゴミは頭にまで粗大ゴミが詰まってるので、勉強はできない。体育では毎時間のように息切れを起こす。ランニングでは1周遅れ。たまに生理痛を理由にして休む。弱すぎる。クズ。音楽、歌では大声とそれなりの高音が出せるだけ。音程は外れている。リズムもまるきり違う。リコーダーのアンサンブルテストは自分だけがミスをする。そこまでくると慰められる価値もない。

そこまでだめならどこに価値が?と思って、趣味について考えてみた。創作と絵と文。

わたしは、作る世界観も継ぎ接ぎだし、未確定の集いだし、誰も満足させられないし、その時点でストーリーはアウト。

絵はさらにアウト。わたしが価値を感じられるものは一枚もない。

じゃあ文章は。

文章書く人間なら、すこしぐらい相手に素直に気持ちを伝えられるはずなんだと思うんですが。

それすら不可能でした。

 

ああまわりくどい。今まで書いてきたものは全部全部全部まわりくどくて、気持悪くて長く見てられない。

わたしが量産するもの全部が全部気持ち悪く見える。

私の小説もどきより、Twitterで見る他の人のリプライの方がもっと価値があって、素直で真っ直ぐな気がする。

隣の芝生は青いじゃすまない。本当に自分の書く長文は誰から見てもゴミ扱いされるものじゃないのか、と思う。

 

この通り、人間性として正当化できるものがどこにもない。

お前の代わりはいくらでもいると言われるより、お前以上の価値のものはいくらでもあるって言われる方が似合っている。

どうしてわたしだけこうなったんだろうなぁ〜、いつか変われるかなぁ〜、と楽観的に考えることもあるが、3学期最後に提出する可能性がある国語のノートに遺書もどきでもタイムカプセルとして書きたいな、と考えた時点で変われるわけもない。

 

映画監督である黒澤明の兄は、「人間は30を過ぎるとどんどん汚くなっていく」といった旨のことを発言している。実際、彼は30歳で自殺した。

私も、自我が芽生えて、脳が発達するにつれて自分の中の汚さがよく見えるようになっていき、結局15歳になった現在としては「自分にもう綺麗なところはどこにもない」という結論を出している。

私としての「綺麗なところ」は、自分の「存在価値」と同じ意義である。

あなたのこの要素が好きだよ、って言われたら、それはもう有頂天になるけど、その要素を失ったらどうしようと思って、そのあと試行錯誤を繰り返してその要素を突き詰めていこうとする。でも気が付いたら試行錯誤の末にその良い要素が別のガラクタに変わって、せっかく私を肯定してくれていた言葉もそれ以上飛んでこなくなる。それで良いところを失っていく。

肯定だけで生きていこうとする人間というだけで価値がないのだが、肯定される部分がなくなると価値がない粗大ゴミになる。

じゃあおまえも黒澤明の兄のように自死でも考えたらどうだという話だけど、自分に価値がないだけであって自分が死ぬと悲しい人たちは確かにいるらしい。世知辛い

このように価値がないゴミが生きてるのは私の自意識がとにかく嫌なんだ。でも死ぬことはしない。私のいつかの死因は精神疾患に関わるのだろうという予測はできているが。

 

私からすれば、何しても結局は失敗するゴミって私ぐらいだから、そういう価値無しのものを世界は積極的に虐殺してほしい。

 

いろいろと悲しくなる。植物みたいになりたかった。なるのならなにも考えられないバカが一番良い。自意識など死んだ植物でよかった。中途半端に考えて悲観する生物になんて生まれたくなかったよ。

 

書くのもめんどうくさくなってきた。

私がなかなか誰にも理解されないのは私自身が私のことを理解しようとしないせいかもしれないけど、私は私が一番嫌いだからこれ以上理解したら私が嫌悪感で私を殺してしまうだろう。

 

価値がない生き方をするより、価値を捨てるために死んだほうがよかった。

私に限った話で。

小説

アタシはお祭りごとが好きだった。みんなよく騒ぐじゃない。アタシがひとりきりで閉じ込められていたおうちの中にも響いてくるのよ、世界は今幸せなんだって言い張るようにみんな騒がしくしてるのが。人の起こす祭りは、アタシにとって世の中のダークサイドを殺してくれるものになっていたの。発祥が何であろうと、アノ人たちは祭りの日には何か特別な信念を持つじゃない。世界平和。いまこそわたれわたり鳥。Japaneseも旗を振って何かをお祝いするのかなあ。なんのためにだろう。なにかが発展したり、なにかがなにかを奉れと言ってもいないのに騒がしくすることが好きなのね。

アタシだって静かな森より騒がしいストリートが好きよ。

先述したとおりアタシはひとり寂しく家に篭っている人間だったから、外で騒がしいことをしているみんなが好きだったの。たとえ人の死であろうと良い、祭りの肴っておもしろいって思えた。

 

だけど、自分のせいで祭りが始まったらなんかなあ、って思っちゃった。これってエゴなのかな。

 

私がお父さんに連れ出されてみたパレード。輝かしいお祭り。マリーの部屋の住人が初めて見た色。飛び交うヘリウムのかたまりと着色剤。走るクイーン。槍を担ぐキング。あわてず、ゆっくりともなさらず行進するおもちゃ兵。アタシたちが民衆になることの素晴らしさ。ああ、アタシは家という籠と車椅子なる不用品たるものを壊した。カラフルで素晴らしい世界へ躍り出た。

 

道路の中心に向かって走り出す。その先には小さい子ども兵が小さい槍を抱えていた。真っ白な肌。まるで昨日会った、クールなアノ人みたい。

あのかぶとは鉄かしら。鉄の匂いはしないのかしら。アノ人が白いパーカーに付けた液体からした、ツンとくる匂いはしないのかしら。

そう思って近付こうとした。

周りから悲鳴が上がった気がした。やめて、いけない、よけて、おじょうさん、そっちへいかないで。

 

腹に何かが食いこんだ。

 

祭りのくせに、どうして。

降ってくる怒鳴り声も、キングの槍も、パレードの終わりを予感させた。

キングが心臓発作を起こして。

女の子がキングの落とした槍に当たって腹をえぐられた。

誰かの声が聞こえた。

自分の腹から鉄の匂いがする。

地面に槍が突き刺さっているから、身動きすると腹の中を貫いた棒が蠢く感覚がして、激痛が走る。

なにもできない。

ねえ、これは包帯じゃ治らないの、お母さん。お母さんどうして真っ青な顔だけしてるの。お父さんなんで舌打ちしてるの。こわいじゃない、やめてよ。おまつりらしくない。

 

もしかして、2人とも、私の命は舌打ちですむものだと思ってるの?

 

目の前すら、見る気力が一瞬で失せた気がした。こんな光景など見ずに死ぬことが一番楽に思えて、だけどお祭りは終わりまで見ていたくて。あれ、死ぬということはどこから分かっていたのだろう。わからないけれど。

地面に垂れるものが風船よりも鮮やかで、赤い。あれ、血って赤いものだったのかな。じゃあ、アノ人がつけていた、パーカーの黒い模様は?お母さんが、ぺいんぺいんごーあうぇい、で付けた、アタシの指に巻いた包帯の下に付いていた黒い染みは?

 

ああそうか。アノ人は。

人殺しだったんじゃないのか。

アタシの神様は人殺しだったんじゃないのか。

最後に得た希望としての宗教は、狂っていたんじゃないのか。

アタシは笑った。

 

あなたのかみさまうそのかみさまよ。

いいや。

 

アタシだけのかみさまにさせてよ。

死は眠りであると言ったあの神様が。あの狂った人殺しの罪人が。

今の際だけでもいいから、彼を救いに死なせてほしいの。

 

頭の中に「Go to sleep」の文字がよぎる。

 

指を重ねた。祈りの形のまま死ぬことにした。聖女のようになれるように。

 

そう、アタシの神は彼だけでいい。

 

あの日から、彼の信徒はアタシだけでいい。

 

理解されなくたっていいのだ。