小説
アタシはお祭りごとが好きだった。みんなよく騒ぐじゃない。アタシがひとりきりで閉じ込められていたおうちの中にも響いてくるのよ、世界は今幸せなんだって言い張るようにみんな騒がしくしてるのが。人の起こす祭りは、アタシにとって世の中のダークサイドを殺してくれるものになっていたの。発祥が何であろうと、アノ人たちは祭りの日には何か特別な信念を持つじゃない。世界平和。いまこそわたれわたり鳥。Japaneseも旗を振って何かをお祝いするのかなあ。なんのためにだろう。なにかが発展したり、なにかがなにかを奉れと言ってもいないのに騒がしくすることが好きなのね。
アタシだって静かな森より騒がしいストリートが好きよ。
先述したとおりアタシはひとり寂しく家に篭っている人間だったから、外で騒がしいことをしているみんなが好きだったの。たとえ人の死であろうと良い、祭りの肴っておもしろいって思えた。
だけど、自分のせいで祭りが始まったらなんかなあ、って思っちゃった。これってエゴなのかな。
私がお父さんに連れ出されてみたパレード。輝かしいお祭り。マリーの部屋の住人が初めて見た色。飛び交うヘリウムのかたまりと着色剤。走るクイーン。槍を担ぐキング。あわてず、ゆっくりともなさらず行進するおもちゃ兵。アタシたちが民衆になることの素晴らしさ。ああ、アタシは家という籠と車椅子なる不用品たるものを壊した。カラフルで素晴らしい世界へ躍り出た。
道路の中心に向かって走り出す。その先には小さい子ども兵が小さい槍を抱えていた。真っ白な肌。まるで昨日会った、クールなアノ人みたい。
あのかぶとは鉄かしら。鉄の匂いはしないのかしら。アノ人が白いパーカーに付けた液体からした、ツンとくる匂いはしないのかしら。
そう思って近付こうとした。
周りから悲鳴が上がった気がした。やめて、いけない、よけて、おじょうさん、そっちへいかないで。
腹に何かが食いこんだ。
祭りのくせに、どうして。
降ってくる怒鳴り声も、キングの槍も、パレードの終わりを予感させた。
キングが心臓発作を起こして。
女の子がキングの落とした槍に当たって腹をえぐられた。
誰かの声が聞こえた。
自分の腹から鉄の匂いがする。
地面に槍が突き刺さっているから、身動きすると腹の中を貫いた棒が蠢く感覚がして、激痛が走る。
なにもできない。
ねえ、これは包帯じゃ治らないの、お母さん。お母さんどうして真っ青な顔だけしてるの。お父さんなんで舌打ちしてるの。こわいじゃない、やめてよ。おまつりらしくない。
もしかして、2人とも、私の命は舌打ちですむものだと思ってるの?
目の前すら、見る気力が一瞬で失せた気がした。こんな光景など見ずに死ぬことが一番楽に思えて、だけどお祭りは終わりまで見ていたくて。あれ、死ぬということはどこから分かっていたのだろう。わからないけれど。
地面に垂れるものが風船よりも鮮やかで、赤い。あれ、血って赤いものだったのかな。じゃあ、アノ人がつけていた、パーカーの黒い模様は?お母さんが、ぺいんぺいんごーあうぇい、で付けた、アタシの指に巻いた包帯の下に付いていた黒い染みは?
ああそうか。アノ人は。
人殺しだったんじゃないのか。
アタシの神様は人殺しだったんじゃないのか。
最後に得た希望としての宗教は、狂っていたんじゃないのか。
アタシは笑った。
あなたのかみさまうそのかみさまよ。
いいや。
アタシだけのかみさまにさせてよ。
死は眠りであると言ったあの神様が。あの狂った人殺しの罪人が。
今の際だけでもいいから、彼を救いに死なせてほしいの。
頭の中に「Go to sleep」の文字がよぎる。
指を重ねた。祈りの形のまま死ぬことにした。聖女のようになれるように。
そう、アタシの神は彼だけでいい。
あの日から、彼の信徒はアタシだけでいい。
理解されなくたっていいのだ。